著作権について思うこと
※私が配信している動画の中で、私自身が著作権を所有している楽曲以外の、私自身に作品の著作権がないような曲(ゲーム系の音楽のピアノアレンジなど)のピアノ演奏・ドラム演奏などの譜面リクエストなどをいただいたりしていますが、
譜面のリクエストにお応えする事は残念ながら一切できません。
販売のリクエストなどもいただいた事があり、権利を保有するのは作曲家さん本人ではなくゲーム会社とのことで、直接ゲーム会社に問い合わせをした事がありましたが、正直第一線で活躍する大企業のわりには誠意のカケラもないような驕りともとれるようなあまりにもロボットみたいな事務的対応で法律第何条がどうたらという事でアレンジ譜がどうたら以前にYouTubeへの動画アップなども控えるようとのことで、問い合わせに対する話より、一方的に「勝手に使うな」というような空気でブランドのないアーティストをバカにしているかのような対応でした。権利者がダメなのであれば仕方がありませんので、ダメだった事を怒っているわけではなく、対応が非常に大企業の驕りのようなものを感じた事に怒りを覚え、某企業のゲーム音楽に関する事にはもう一切かかわりたくないと思ったのが正直なところです。小さな人間の色んな力が集まって大きくなるのが会社です、それが自分が大きくなった後で小さな人間の力や問い合わせに対して冷たい対応をとるのは明らかにブランドにアグラをかいているわけで、経営の初心を忘れている企業はそのうち落ちる事になると思います(笑笑)
なので、某ゲーム会社の音楽のピアノアレンジの譜面の配信や販売に関するリクエストには残念ながら一切応える事ができません。
個人的な意見としましては、
芸術というのは本来、それをビジネスに繋げたり、「これは誰々に著作権があるから勝手に使うな」というような法律の仕組みは、
芸術があるべき本来の姿ではないと考えています。
ただ、当然アーティストや各種著作権所有者にも人生があり、そして当然著作物にはお金にも変えれぬ価値があるがゆえ、
著作物は確かに堅く守られるべきであり著作者および著作品は何よりも尊重されるべきであるのは確かです。
著作物を無法にばら撒かれる事によって著作者の経済活動・社会活動の妨害となってはいけない仕組みが確立される必要は当然あると思います。
私自身、自分の作品も多数あり、実際に販売などもしていますが、
確かにそれの丸々コピーのようなものを無料で無数にバラ撒かれると、
経済活動に支障をきたすこととなります。
しかしながら、
リクエストをいただけるという事は、それは少なからず世の中にとってそれに対する需要があるという事でもあり、
著作権という壁によって、その需要供給の機会を妨げられるのであれば、
それは芸術に触れる喜びや楽しみ、また、それらが生む本当の意味での世の中の豊かさと人の心の潤いのチャンスを逃すことになり、
非常にそれは残念で勿体無いことであると思います。
もし、著作者とそしてその著作物をいじくって他の他人が編曲などをした誰かの「無法作品」と同じようなものを著作者がもし作れる・或いは作ろうと考えている場合は、それを邪魔することはできません。著作者が本来はそれによって得た利益を一番優先的に得る権利が当然あると思うからです。
例えば、私がここで私のアレンジによるFF系のピアノソロ譜を配信することは、元々市販で売られている著作者監修によるピアノソロの曲集などの商品の販促を妨げる事になってしまってはいけないという事になります。
なので、極めて商品版と似ているようなものは無法に配信してはいけないとは思いますが、芸術の本来の姿としては、本当は、自由に色んな人の魂をふきこんで一つの芸術が無限の可能性を秘めている事を楽しめる世の中であってもいいのではないだろうかと私個人的には思っています。
なので、今後、私自身の作品などにおいても、丸々コピーは当然ダメですが、私の個人的な作品を新しく他の誰かが編曲したりする事を解放していきたいと考えています。
こういう話は止まらないのですが(笑)、芸術家が著作権というものに守られなければならないのは、当然、芸術的な観点からその作品が汚れるなどという意味合いはほとんどなく、実際は経済的観点のためであると考える事ができ、実際、音楽というものやそれらのコンテンツビジネスは、データ配信などによって低迷している事は確実です。
しかし、芸術の価値とは本当はどういったものであるかを世の中全体にもっと考えてもらいたいという想いも私にはあり、
例えば、せっかくの芸術の可能性を著作権が壊してしまうような勿体ないことが起こるのが経済的観点からによるものであるのであれば、
広く一般に芸術的価値の見直しや、それらに対する投資体制の浸透などによって、芸術家が経済的観点によって本来の姿に失礼となる結果を生む事は避けたいと考えるのは当然であるし、いつか、そのような仕組みを作りたいという野望も私にはあります(笑)、まぁ語るのは勝手なのでまぁ語らせてください(笑)。
芸術と経済は本来、つながりがあるようでそうではないです。
しかしだからといって芸術は、社会・経済の世界から隔離されているかといえば当然そのような事はありません。
しかし多くの芸術家は経済的・或いはそれによる社会の仕組みの壁を前に、
その可能性を壊される事が多々あるのは確かです。
よって、芸術かも自分の生計を立てるために、その方法を模索しながら経済的にも社会に溶け込めなければなりませんが、その壁の高さが故に、
「芸術が泣いている」と思うわけです。
本当の芸術の追求は理想では経済から隔離するべきであるが、それができないので結果「芸術が泣いている」結果となっている
と思わざるを得ないです。
自分の芸術活動のみならず、いつか、芸術が本来のその価値の可能性を失わずにすむような何らかの仕組みを本当に作りたいです。ただの野望ですが半分は本気です(笑)
と、著作権・芸術・経済の観点から現状に対する考えを誰も書けともいってないのに1人勝手に書いてみました(笑)。
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